ホテルヨーロッパ。その玄関を入ると目に飛び込んでくるロビーの生花。幅5m、高さ3mはあろうかという堂々たる花を生けるのは、日本を代表するフラワーデザイナーのひとり、金澤利信さんです。
“一商品”が“花”に昇華
花は不思議です。その姿を見て怒る人はいない。もちろん泣く人、悲しむ人もいません。逆に、ものも言わないのに、そこに〝いる〟だけで周りを華やかにしてくれる。人の心に語りかけてくるようでもある。そして、癒しを与えてくれます。
だからでしょうか、評判のホテル、旅館では玄関やロビーに飾られた生花が素晴らしい。ホテルヨーロッパもそうです。玄関を入って心を動かされない人はまずいない。ゲストがその想いを口に出さなくても、どの目も必ずちょっと大きく見開かれるからです。
この生花をホテルヨーロッパ竣工前、すなわちハウステンボスがまだオープンする前から生け続けているのが長崎県在住のフラワーデザイナー、金澤利信さんです。
「内装もあらかたできあがってのことですが、いろいろなフラワーデザインを試みながら、花がロビーに映える姿を探っていたわけです」
ホテルヨーロッパ開業前、ここを舞台に撮られた伊丹十三監督の映画作品「ミンボーの女」に登場するロビー生花も、だから金澤さんの手になるものです。
フラワーデザイナーを志したのは26歳のとき。生家が花屋を営んでいた関係で小さい頃から花は身近にあったそうですが、店を継いでからも花は〝一商品〟だったといいます。
そんななか、出会ったのが1979年当時、フラワーデザインの全米チャンピオンであったポール・ミヤヒラの作品でした。
「言葉を失うほど美しかった。からだに電流が走りました」
〝一商品〟が〝花〟に昇華した瞬間でした。それからは師にもつかず、独学の日々。志は正解でした。長崎県で行われた競技会でチャンピオン、さらに初出場の九州大会でいきなりの優勝。1982年の全日本フラワーデザイナー・コンペティションでは総合5位に入賞し、日本フラワーデザイン大賞も同時に獲得しています。
このほか内閣総理大臣賞をはじめ、受賞は20以上にも及びますが、ただ賞を狙うことだけに満足することはありませんでした。
「もっと海外で勉強したかった。そこで、オランダやドイツを中心に、ヨーロッパに研修に出かけたのです」
日本においてフラワーデザイナーの地位を確固たるものにしたうえに本場・ヨーロッパで磨きをかけた技。そして、出会ったのがハウステンボスでした。
花には幸せを伝える力がある
「最初はビジネスという側面が強かった。でも、ここで生けることはすぐに損得ではなくなりました」 日本を代表するリゾート。そのフラッグシップホテルであり、国内でも高い格式を誇るホテルの顔である生花。お客さまを最初にお迎えする大事な役目を負います。
「だから、金澤の作品ではいけない。お客さまに喜んでもらえる、もてなしの花でないといけないんです」
そう気付いて17年間、花を生け替える毎週金曜日にはホテルフロントやレストランスタッフと同じホテルマンになりきってゲストへの気持ちを込め、一輪一輪を生けています。
ただ、17年という長い期間です。同じデザインだったことは一度もないんですかと問うと、それはないときっぱり。
「たとえば、きょうは寒いですよね。こんな時は赤みのある花をたくさん使うと、ホテルに入ってきたお客さまに暖かみを感じていただけます。天候が17年間、同じだったことはないでしょ。花も天候を見ながら生けているので、デザインが同じということはないですよ」
そんな姿勢を知ったのか、生け替えに合わせてホテルに宿泊し、生け替え作業の2時間強、付きっきりで会話を楽しみにやって来るゲストもいらっしゃるといいます。
「花はお客さまに幸せを伝える力がある。ロビーの花だけではなく、ハウステンボス全体もそうです。ここほど花が似合う街は日本のどこにもない。だから、花を前面に打ち出した街づくりを今後も続けてほしいのです。こういう時代だからこそ、ハウステンボスは必要とされているはずだから」
確かに生け替え中も立ち止まるお客さまの多いこと。完成したあとは、さらに多くの人が花をバックに記念撮影をしていきます。
それは花の力、金澤さんの力。生花に氏の名前が掲げられることはありませんが、その思惑は足掛け18年目を迎えようとしているきょうも確実に満たされています。



